ススム | モクジ

● 平和町アニマル探偵団 --- クリスマスの奇跡のお話。前編 ●

 その日は、冬らしく雪がちらついていた。

 ボクは灰色の空を見上げた。積もってほしいけど、この調子だと多分積もらない。

 真っ白になった雪にたくさん足跡を付けるのが、ボクのお気に入り。
 体全部を使って雪に絵を描いているボクを見て、笑っているミカちゃんを見るのは、もっと好き。

 遊んだあと、ビショビショになったボクを、ミカちゃんは真っ白であったかいタオルで優しく拭いてくれる。その時間がとても大好き。

 ボクが小さい頃からずっと一緒だったボクのミカちゃん。
 ミカちゃんが楽しいならボクも楽しいし、ミカちゃんが悲しいとボクも悲しい。ミカちゃんが幸せなら、ボクも幸せ。


 でも今、ボクは悲しい。
 最近ずっと、ミカちゃんの元気がないんだ。

 ボクやパパ、ママの前ではいつも通り笑ってる。でも、それはミカちゃんのホントの笑顔じゃない。ボクにはわかるんだ。だって、ずっと一緒だったんだから。

 
「タルト、お前最近元気ないよな。どうかしたのか?」

 パックが心配して様子を見に来てくれた。

「元気がないのはボクじゃなくてミカちゃんだよ」
「ミカちゃん? ああ、おまえのご主人様か」

 ボクはため息をついて頷いた。

 ミカちゃんの様子がおかしくなったのは一週間くらい前からだ。その日の朝は普通だったのに、学校から帰ってきたときには元気がなかった。ということは、学校で何かあったに違いない。
 ボクはまたため息をついた。

「調べてみたらどうだ?」
 パックの言葉に、ボクはほぇ、と首をかしげた。

「気になるんだろ? だったら調べればいい」

 ボクは少し考えて、頷いた。

「うん」



 それから、ボクとパックは二人でミカちゃんが通う「高校」の前まで来た。
 初めてミカちゃんの「高校」を見たボクは、建物の大きさにちょっとびっくりした。

「な、なんかおっきい所だね」

 パックを見上げてそう言うと、パックもびっくりしていたのか、どもりながら頷いた。

「そ、そうだな。人間もいっぱいいるし……」

 ボクとパックは電信柱の陰に隠れて予想外に大きな建物と、そこから出てくるたくさんの人間を見ていた。
 その中の半分くらいの人がミカちゃんと同じ制服を着ている。

 みんなカバンを手に続々と石造りの門を出ていく。

「……あっ」

 ボクは、その集団の中によく知る匂いと姿を見つけて声をあげた。パックもボクと同じ所を見て、ふむふむと頷いている。

「ミカちゃんだ!!」
「時間からして、ちょうど帰るところみたいだな」

 ボクとパックは、友達とおしゃべりしながら歩いてるミカちゃんに気づかれないようにこっそり後を追いかけた。

「うーん、別におかしなところはないみたいだな」
「でもここずっと家では元気ないんだよ」
「フツーに笑ってるだろ」

 パックの一言にボクはうーん、と首をひねった。
 確かにミカちゃんは今とても楽しそうに笑って友達としゃべっている。
 ボクはミカちゃんの隣にいる友達を見上げた。
 ボクの見たことがない人だ。しかも、男の人。

 また隣のミカちゃんに視線を戻して……ボクははた、と気づいた。

 ミカちゃんは笑ってた。
 寂しそうに。

 パックも気づいたみたいで、ボクにこそっと耳打ちした。

「なあ、あの人ってご主人様の彼氏か?」

 ボクはふるふると首を横に振った。

「わかんない。ボクも知らない人」

 ボクはなんとなくムッとして答えた。
 パックはパチパチとまばたきして、それからニヤリと笑った。

「何だ、ヤキモチかぁ?」
「ちっ、違うよっ」

 あわててごまかしてると、ミカちゃんと友達が公園に入っていった。

「ほらっ、行っちゃうよ」

 まだニヤニヤしてるパックを鼻先でグイグイ押しながら、ボクたちは公園に入った。


 二人は公園のベンチに座って何か話をしている。
 ボクとパックは後ろの茂みに隠れて耳をピンと立てた。


「もうすぐ、だね」
「うん……」

 男の人が呟いて、ミカちゃんはただ頷いた。

「……あのさ、もうすぐクリスマス、だよね」
「そう……だね」

 ミカちゃんの肩がピクリと動いた。
 男の人は何度か口を開いては閉じてを繰り返したあと、意を決したようにミカちゃんに向き直った。

「クリスマス、二人で出掛けないか?」
「えっ?」

 ミカちゃんは驚いたように顔を上げて男の人を見た。

「25日、ちょうど日曜日だろ。せっかくだから、二人で出掛けよう」
「で、でも」
「15時に駅の大時計の前で待ってる」

 それだけ言うと、男の人はミカちゃんの返事を聞かずに立ち上がって走って行ってしまった。
 ミカちゃんは呆然と後ろ姿を見送ったあと、はぁ、とため息をついた。

「……まだ行くなんて言ってないのに」

 ポツリと呟いてから、さらにうつむいてしまった。

「……せっかく想いが叶ったのに、すぐにお別れなんて、ひどいよ……」

 ミカちゃんの声が震えてる。きっと、泣いてるんだ。
 ボクはなんだか悲しくなった。そんなボクをパックは気遣わしげに見ている。

「……何とかしてやりたいが、何せ人間同士のことだからな……」
「……うん、分かってる。仕方ない、よね……」

 ボクは頷き、もう一度ミカちゃんを見た。

 ミカちゃんは、あの人が好き、なんだ。そして、多分あの人もミカちゃんが好きなんだ……。
 でも、ミカちゃんが「もうすぐお別れ」って言ってた。
 引っ越しちゃうのかな……。

 ミカちゃんには笑っててほしい。
 ほんとは、ボクだけ見てほしいけど、ミカちゃんが笑ってくれるなら、別の人を見ててもいいよ。

 でも、ボクに何ができるんだろう。
 ボクは人間じゃない。せめて人間の言葉を話すことができたら、ミカちゃんを慰めてあげられるのに……。


 ただ見ていることしかできなかったボクの頭の上に、はら、と雪が舞い降りていた。
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