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● 平和町アニマル探偵団--変わる世界とクリスマスのお話。前編 ●

 空がどんよりと曇って、吐く息が白くなった。

 もうすぐ雪が降るのかもしれない。

 冬は辛いよなぁ。
 寒いし、雪は冷たいし。
 寝ぐらも変えないと、冬は越せない。


 まぁ、今のオレには関係ないか。冬の間は何とかしのげそうだしな……。


 怪我をして獣医の先生の所に世話になって、もうすぐ二ヶ月。
 暖かい寝床と三食のメシ。
 恵まれた環境にいるよな、オレ……。


 ゆったりと昼寝を楽しんでいたオレの耳に、カラン、という軽快なドアベルの音が入ってきた。

 と、同時に聞こえてきたのは、聞き慣れた声。


「こんにちはー。パック、せんせー!!」

 ああ、この能天気な声は、タルトだ。

「こら、タルト。受付するから、少しだけ待ってて」

 お、ミカちゃんも一緒か。
 何だ、タルトのヤツ、病気か?

 オレは少しだけ開いたドアの隙間を通って、動物たちの寝床がある部屋から出た。


「よう、タルト」

 声をかけると、タルトは勢いよくシッポを振った。

「パック、怪我はどう?」

「もうすっかり治った。お前はどうした? ミカちゃんと一緒に病院なんて、珍しいな」

 そう訊ねると、タルトはうー、と唸りながら鼻先にシワを寄せた。
 おい、ブサイクになってるぞ……。

「お注射なんだよぅ。ボク元気なのに……」

 ああ、注射か。そういえばオレも打たれたな。

「あんまり痛くなかったぞ」

 オレの言葉を聞いて、タルトは耳をピン、と立てた。

「ホント?」

「ああ。ここに来たときにオレも注射したからな」

「そうなんだ。良かったぁ」

 嬉しそうに笑うタルト。
 単純だな……。

「お前の掛かってた病院ってここだったのか?」

「ううん。べつのところ。ここね、隣の太助じいちゃんの掛かり付けのお医者さんなんだって。ママさんが太助じいちゃんの飼い主さんに聞いて、それでここに来たの」

 タルトの説明になるほど、と頷いている間に、受付を済ませたミカちゃんがやってきた。

「タルトのお友達よね。こんにちは」

 屈んでオレの頭を撫でてくれた。

 珍しくおとなしくそれを受け入れているオレを見て、タルトは首をかしげた。

「パック、さわられるの平気?」

「ミカちゃんだからな」

 まぁタルトの飼い主だしな。噛みつくわけにはいかねーだろ。

 タルトは「そっか」と頷いて笑っている。

「じゃあ、先生は?」

「はあ?」

「先生は平気?」

「まぁ、助けてもらったからな……」

 そう答えると、またニコニコ笑うタルト。
 な、何だよ……。

「そっかぁ」

 タルトと話していると、またドアベルが鳴った。

「やあ、こんにちは」

 入ってきたのは、先生だった。

「あ、せんせー!!」

 シッポを振って近づいたタルトの頭を撫でながら、先生はミカちゃんに笑いかけた。

「この子の飼い主さん?」

「はい。注射をお願いしたくて」

「そうか。病院を怖がらないなんて、偉いね」

「ちょっとのんびり屋さんなんです」

 お、さすがミカちゃん。
 タルトのことを良く分かってる。

 そこで先生はオレが部屋の外に出ていることに気付いた。

「やぁ、お友達が来たから出てきたのかな?」

 先生は屈んでオレの頭を撫でた。先生に助けられてもう二ヶ月、触られるのも慣れた。

「じゃあ、早速タルトくんの注射をしちゃおうか」

 立ち上がった先生は、診察室に入っていった。
 さすがに診察室の中にはズカズカと入っていけない。

 オレはタルトの注射が終わるまで、寝床の部屋に戻ることにした。



「パックの言った通り、全然痛くなかったよ!!」

 注射を終えて、ミカちゃんが会計をしている間、タルトは興奮気味にしゃべっていた。

 注射したのに、元気なヤツだな。

 呆れているオレにのんきなタルトが気づくはずもなく、会計を終えたミカちゃんと帰っていった。

「はは、元気な子だよね」

 ここにもいたか、のんきなヤツが……。

「遅くなってごめんね。ゴハンにしようか」

 気づくともう昼を過ぎている。どうりでハラが減っているはずだ。

 寝床で他の奴らと昼メシを食べて、オレは一眠りすることにした。


 どれくらい眠っただろうか。

 ふんわりと甘い匂いがした。

「うーん……」

 ぼんやりと目を開けると、オレを覗き込んでいる優しい目が見えた。

「あ、起こしちゃったかな」

 オレの体を優しく撫でる手。

 この人は、ユリさんだ。
 ユリさんは儚げな印象の女の人で、柔らかな表情そのままの優しい人だ。

 タルトには話さなかったけど、オレはこの二ヶ月でこの人に触られることも平気になった。

「ユリさん」

「あ、先生」

 ユリさんは先生に名前を呼ばれると嬉しそうに振り返った。

「今日はそろそろ閉めましょうか」

「はい」

 ユリさんはこの病院で受付の仕事をしている。

 部屋を出ていくユリさんに付いていくと、ユリさんは優しく笑ってオレの頭を撫でた。

「今日はお友達が来てくれて、楽しかったね」

 オレはシッポを振って答えた。

 そんなオレとユリさんを、先生は微笑ましく見守っている。

「先生、外の片付け終わりました」

「お疲れ様」

 それから二人は楽しそうに談笑している。

 はた目から見ても分かりやすい二人だ。

 早くくっつきゃいいのに、なかなかくっつかないんだよな……。
 あーもどかしい。
 なんて、オレが言っても仕方ないか……。
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