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● 平和町アニマル探偵団--変わる世界とクリスマスのお話。後編 ●


 今日は珍しく患者も少なくて、のんびりとしていた。

 まったり過ごしていたオレに、事あるごとに聞こえてくるうっとうしいため息。

「はぁ……」

 何なんだよ、もう!!

 我慢ならなくなって、先生の様子を窺うと、机に座って頭を抱えたり、突っ伏したり……。

 悩み事かぁ?

「はぁ……」

 オレはそっと近寄って、机の上を覗いてみた。

 いつもは書類でいっぱいの机には、小さな赤い箱がひとつ。
 綺麗にラッピングされて、緑のリボンがついている。

 ああ、クリスマスプレゼントか。
 相手は……考えるまでもないな、ユリさんだ。
 これで進展がありそうだな。

 うんうん、と満足なオレに気づいた先生は、愁い顔で話しかけてきた。

「ああ、君か。……ちょっと相談に乗ってくれないかな」

 はぁ?
 オレに相談?
 人間が犬に相談って、相当だな……。

 とりあえずオレは先生の話を聞いてみることにした。

「……受付のユリさんに、クリスマスのプレゼントをあげようと思うんだ」

 ほうほう。
 予想通りだな。

「それで……そのときに、その、僕の気持ちを伝えようかと思うんだけど……」

 ふむふむ。いいんじゃねーか?

「でもほら、彼女美人だろう? その、付き合っている人とかがいたらどうしようかな、みたいな?」

 まあユリさんは美人だよな。性格も優しいし、モテるんだろうな。
 でも、オレが見るにはけっこう脈アリだと思うぜ?

 ……なんて言っても伝わるはずもなく。
 先生はマイナス思考一直線だ。

「やっぱりやめようかな。気まずくなるの嫌だし……。それが原因で彼女が病院辞めたりしたら困るし……」


 って、何言ってんだよ、アンタ!!
 諦めんのか!?

 オレは威嚇するように唸ってみせた。
 すると先生は少し驚いたような顔をして、それから苦笑いを浮かべた。

「……頑張れって言ってくれてるのかな?」

 オレの激励を受けて少し気持ちが浮上したらしい先生は、「もう少し頑張ってみる」と言って仕事に戻っていった。
 よしよし、いいカンジだ。

 うんうん、とうなずきながら部屋に戻ろうとしたとき、今度は受付の方から小さなため息が聞こえた。

 ユリさんもか……。


 オレはユリさんの足元まで近づいて、ちょこん、と腰かけた。

 オレに気づいたユリさんは、恥ずかしそうに笑った。

「やだ、ため息聞こえちゃった? 心配してくれてるのかな」

「オレで良ければ話を聞くぜ」

 と言ってみると、まぁ「ワン」としか聞こえなかったんだろうが、気持ちを察したらしいユリさんは、屈んでオレの頭を撫でた。

「……実はね、さっき先生の机の上にプレゼントが置いてあるのを見ちゃったの」

 あ、あれか。あれはユリさんへのプレゼントだ。

「……クリスマスだし、誰かにあげる物よね。……誰だろう。彼女かなぁ……。先生、彼女いるのかな」

 な、何かややこしいことになりそうっていうか、なりかけてるぞ!!

 あれはユリさんへのプレゼントで、先生の好きな人はユリさんなんだって!!

「あんなに素敵な人だもの、彼女くらいいるわよね」

 寂しそうに笑うユリさん。
 ユリさん、誤解してるよ……。
 どーすんだ、コレ……。

 思い悩んでいるうちに、ユリさんは立ち上がって小さく笑った。

「話、聞いてくれてありがとう。元気が出たわ」

 そう言って、ユリさんは仕事に戻った。


 何だか面倒なことになりそうだな。

 考えているうちに、もう夕方になってしまった。

 ふと先生の机の横を通りすぎると、昼間見た赤い箱が乗っかっている。

 ヤバい!!
 クリスマスが終わる!! 何でプレゼント渡してねーんだよ!!
 ユリさん、帰り支度してるし!!

「こうなったら、強行手段だ!!」

 オレは先生の机の上にあったプレゼントを前足で床に落として、リボンをくわえた。

「何してるんだい!?」

 ちょうど部屋に入ってきた先生は、オレの行動を見てびっくりしている。

 のんきすぎるにも程があるぞ!! ユリさん帰っちまうじゃねーか!!

「もたもたすんな!!」

 オレはちらりと先生を見てから、踵を返して走り出した。
 案の定、慌てた先生が追いかけてくる。

「こら、返しなさい!! イタズラはダメだよ!!」

 グズグズしてるてめーに怒られる筋合いはない!!

 受付まで一直線に走ったオレは、帰ろうとしていたユリさんに間一髪追い付いた。

「あら? どうしたの?」

 不思議そうに訊ねるユリさんの足元にプレゼントを落として、オレは追いかけてくる先生の元に戻った。

「先生、これ……」

 戸惑っているユリさんの手にあるプレゼントを見た先生はうろたえた。

「あ、いや、それは……」

 挙動不審な先生を見て、ユリさんはにっこり笑った。

「……はい。大事な物でしょう?」

「え?」

「クリスマスなのにプレゼントをなくしたりしたら、彼女さんに叱られますよ」

「は?」

「じゃあ、お疲れ様でした」

 ユリさんは先生の手のひらにプレゼントをポン、と乗せると、小さく頭を下げて玄関に向かった。

 先生は、呆然とユリさんの後ろ姿を見ている。

 ほら、ボサッとすんな!!

 オレは鼻先で先生の足をグイグイ押した。

「わわっ」

 先生は勢い余って数歩前に進んだ。

「先生?」

 声に驚いたユリさんが振り返った。
 よし、今だ!!

「あ、あの、これは、このプレゼントはっ」

 先生はしばらく口をパクパクしていたが、やがて意を決したようにまっすぐユリさんを見つめた。

「……これは、あなたへのクリスマスプレゼントです。ユリさん、僕はあなたのことが……」


 おっと。
 これ以上は野暮だな。

 オレは二人に背を向けて、気づかれないようにそっと玄関を出た。

 
 久しぶりの外はあいにくの曇り空だ。
 さすがに12月ともなると風が冷たいな。

 さて、これから冬を越すねぐらを探さなくちゃならない。

 オレはちらりと病院を振り返った。

 世話になったな、先生。

 オレは北風が吹く中を軽快に歩き出した。
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