●● 平和町アニマル探偵団 --- *- 始まりのお話 -* ●●
ある晴れた秋の午後。
ボクはいつものように陽が当たる二階のベランダで寝そべっていた。
ボクの名前はタルト。『犬』という生き物だ。その中でも、『柴犬』という種類になるらしい。
年は一歳になったばかり。昨日ボクのご主人様のミカちゃんが、ボクに真っ赤な首輪を買ってくれた。なんと、ボクの名前が入ってるんだ。
早く散歩に行って、みんなに首輪を見せたいけど、もうちょっとお昼寝もしたい。
最近風が冷たくなってきたけど、今日はお日様がぽかぽかして、とっても気持ちがいいんだ。
うとうとしてると、外からボクを呼ぶ声が聞こえた。
ベランダのすき間から道路をのぞくと、ボクより一回り大きい体の灰色の犬がベランダを見上げている。 彼はパック。ボクの友達だ。
「おい、タルト。大変だぞ」
「どうしたの、パック。今そっちに行くから待ってて」
大変だ大変だと繰り返すパックに、ボクは首をかしげた。
ボクは急いでベランダから出て階段を降りた。リビングを覗くと、ママはテレビを見ている。
足音を立てないように気を付けて、台所に向かう。 台所には勝手口がある。
後ろ足に力を込めて、思い切り床を蹴る。ドアノブに飛びつき体重をかけると、かちゃりと音がして回った。体で少しだけ開いたドアを押して、通り抜ける。
玄関にまわると、パックが待ちかねたように走り寄ってきた。
「何かあったの?」
「それがな、盗まれたらしいんだ」
「盗まれたって、何が?」
さっぱり分からなくて訊ねると、パックは辺りを見回して声を潜めた。
「盗まれたのはな、ナナちゃんの宝物なんだ」
「えぇっ!!」
ボクは思わず大きな声を上げてしまった。
ナナちゃんはご近所に住むボクの友達で、『ポメラニアン』という種類の犬だ。
真っ白でふわふわな毛並みの可愛い女の子で、この辺りにすむ犬たちのマドンナだった。
ボクとパックは急いでナナちゃんの家に向かい、ナナちゃんから事情を聞いた。
ナナちゃんの話によると、散歩から帰ってきたあといつものようにお風呂に入れてもらっている間に、宝物であるビーズの首輪がなくなってしまったらしい。
「……ご主人様からもらった、大事なものなの」
悲しそうにうなだれるナナちゃんを見て、ボクは自分の首輪のことを思い出した。
ミカちゃんがくれた首輪。これが盗まれたら、ボクも悲しい。
だから、ボクは決めた。
「大丈夫だよ、ナナちゃん。ボクが見つけてあげるよ」
ボクは胸を張って宣言した。パックは驚いて口をパクパクしている。
「本当に……? ありがとう!!」
ナナちゃんは安心して笑った。
ボクたちはすぐにナナちゃんの家を後にした。
角を曲がってナナちゃんの家が見えなくなると、パックはボクの頭を前足で小突いた。
「おい、あんな事言ってどうするつもりだよ。誰が盗んだのかわかったのか?」
「わかんないけど……でも、ナナちゃんがかわいそうだったから」
そう言うと、パック呆れたようにため息をついた。 ボクを置いてさっさと先に行ってしまう。ボクは慌ててパックを追いかけた。
「ねぇ、パックも手伝ってよ。お願いだよ」
「…………」
パックはちらりとボクを横目で見ただけで足を止めようとしなかった。
怒ってるんだ、ボクが勝手なことを言ったから。
しょんぼりと足を止めたボクを、くるりと振り返ったパックが怒鳴った。
「ほら、早く来いよ。この辺のやつらに聞いてみるんだろ」
ボクはぽかんとパックを見上げた。パックは居心地悪そうにまたさっさと歩き出してしまっている。
ボクはなんだか嬉しくなって、急いでパックの後を追いかけた。
「さあ、知らないな」
何匹かの友達に聞いてみたけど、みんな答えは同じだった。
ボクとパックはがっくりと肩を落とした。
「じゃあ次は商店街の方に行ってみるか」
「うん」
済まなそうにしている友達にお礼を言って、ボクとパックは商店街に向かった。
商店街で一番の古株、猫のマチばあちゃんを探していると、買い物中の人間たちの間から悲鳴が上がった。
驚いて振り返ると、ボクたちの頭の上を黒い物体が掠めていった。
「危ないな、カラスのヤツか」
間一髪でカラスのツメを避けたパックが忌々しそうに言った。
カラスはクチバシにキラキラとした何かをくわえている。
「ねぇ、あれ何かな」
「さあな。人間から盗ったヤツだろ。カラスはキラキラ光るものが好きだからな……」
そこまで話して、ボクとパックはあっと声を上げた。
急いで商店街を走り抜けて裏山に向かう。
高台にある大きな木にはボクの友達が住んでいる。 呼ぶとすぐに来てくれた。
「どうしたんだい?」
彼はカラスのクロスケ。 この辺りのカラスのリーダーだ。
ボクはクロスケに事情を話して、最近ビーズの首輪を拾ったカラスがいないか聞いてみた。
クロスケはすぐにクロタという若いカラスを呼んでくれた。
「ああ、ビーズの首輪か。拾ったよ。久しぶりに上物だったな」
上機嫌に話すクロタの頭を、クロスケは鋭いクチバシでつついた。
「それは俺の友達のものだ。早く返してやれ」
クロタはしばらくブーブー文句を言っていたが、クロスケがクチバシをキラリと光らせると、慌てて首輪をボクの足元に持ってきた。
「ほら」
「ありがとう!!」
ボクはお礼を言って首輪をくわえた。
「早く届けてやろうぜ」
「済まなかったな」
パックが上機嫌で裏山を下りはじめ、ボクはクロスケとクロタにもう一度お礼を言って後を追った。
「わあ、わたしの首輪!! 本当に見つけてくれたのね。タルトくん、パックくん、ありがとう!!」
首輪を届けると、ナナちゃんはとっても喜んでくれた。ボクとパックは顔を見合わせて笑った。
気付くともう夕暮れになっていた。商店街でパックと別れて家まで戻ると、制服姿のミカちゃんが玄関でボクを待っていてくれた。
パパやママにもとっても怒られたけど、ボクは何だかお日さまみたいにぽかぽかした気持ちになった。
これが、ボクたちの最初の事件。
これからもっといろいろな事件が起こるんだけど、今日はここまで。
じゃあまた、次の事件で会おうね!!
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