●● 平和町アニマル探偵団 --- *- 幸せの探し物のお話。前編 -* ●●
「幽霊って信じるか?」
ある日、パックが突然真顔でボクにこう言った。
「実はな……」
キョロキョロと辺りを見回し、誰もいないことを確かめると、パックは顔を近づけて声を落とした。
「オレ……見ちまったんだよ。幽霊を」
……………。
たっぷり10秒沈黙したあと、ボクは絶叫した。
「えぇぇぇっ!?」
パックの話では、昨日の夜のことだ。
いつものねぐらに向かってる途中だった。
ふと、住宅街の中に細い脇道を見つけた。
普段よく通る道なのに、こんな脇道があるなんて全然気づかなかった。
何となく道の先に何があるのか気になり、脇道に入ってみた。
人間の大人一人がやっと通れるほどの細い道だ。もちろん街灯なんてない。
どれくらい歩いたかわからなくなってきた頃、ようやく広い場所に抜けた。
住宅街の中とは思えないほど草木が茂った庭だった。その真ん中にぽつんと一軒の洋館が建っていた。
ところどころガラスが割れていたり窓が傾いていたり、人が住んでいないのは明らかな外観だった。
何となく秘密基地を見つけたようなわくわくした気分になって、パックは中に入ってみた。
木造の廊下は穴だらけで埃が積もっている。ずいぶんと長い間放置されていたようだ。
長い廊下の突き当たりには大きな窓がある。そこから月明かりが家の中を照らしていた。
とりあえず何部屋か見て回ったあと、明るくなったらまた来ようと部屋を出た時だ。
視線を感じて振り返った。その先には大きな窓。
窓の前に「それ」はいた。
月明かりを遮る白い人影。
風もないのになびく長い髪。
パックは夢中で洋館を飛び出し……気づいた時には朝になっていた。しかも、いつものねぐらに知らず知らずのうちに戻ってきていた。
パックが話を終えたとき、ボクはあんまり怖くてシッポを巻いてしまっていた。幽霊は怖い。幽霊は苦手だ。
そんなボクにパックはにんまりと笑った。何か、嫌な予感がする。
「というわけで、調べに行くぞ」
「やっぱり……」
ボクはがっくりと肩を落とした。この話を聞いたときから、なんとなくこうなる気はしてたんだ。
パックに急かされながらボクは渋々ついていった。
パックの曖昧な記憶を頼りに脇道を探して住宅街の中をウロウロしていると、ボクたちの頭上から声が降ってきた。
「探し物か?」
「クロスケ!!」
電線から見下ろしていたのはカラスのクロスケだ。 ボクは事情を話した。
話を聞いたクロスケは、興味深そうに頷いた。
「幽霊か。それは面白そうな話だ」
「面白くないよ!!」
ボクはピン、とシッポを立てて怒った。
クロスケだったら止めてくれるかと思ったのに。
「あったぞ!!」
嬉しそうなパックの声。 ボクがクロスケと話をしている間にも探し回っていたらしい。そして、余計なことに例の脇道を見つけてしまったのだ。
まるで冒険に出掛けるみたいに足取りが軽いパックと興味津々のクロスケ、そして重い足取りのボクは細い脇道に入った。
しばらく歩いたあと、パックの話していた通りに荒れ果てた庭と寂れた洋館が姿を見せた。
「ここだ」
「こんな家があったとは気がつかなかったな」
パックは得意気に言った。クロスケは物珍しそうに家の周りを飛び回っている。
「こっちだ。裏から中に入れんだよ」
「ま、待ってよ」
さっさと先に行ってしまうパックを、ボクは慌てて追いかけた。
パックに案内された裏口の壊れたドアの隙間から恐る恐る体を潜り込ませた。
中は昼間なのに真っ暗だ。ギシギシと廊下を踏む音だけしか聞こえない。
辺りを忙しなく見回してるボクを見て、パックとクロスケが笑った。
「ホントにタルトは怖がりだよなあ」
「今は昼間だ。幽霊なんて出ないさ」
「ほんと……? クロスケ」
「ああ。幽霊が出るのは真夜中って決まってる。こんな明るいうちからは出ないだろう」
「そっか」
ボクはホッとして巻きっぱなしだったシッポをくるんと元に戻した。途端に「あっ」と声を上げてパックが走り出した。
向かった先には大きな窓。
「この前に幽霊がいたんだよ」
振り返り、興奮したように話すパックの後ろで、ゆらりと空気が動いた。
パックを追いかけようとしたボクとクロスケの足がぴたりと凍りつく。パックは気づいていない。
「パ、パ、パック……う、う、うしろ……」
口をパクパクさせるボクとクロスケを見て、パックは怪訝な顔をした。
「はぁ? うしろ?」
くるりと振り返る。
そのままパックも凍りついた。
風になびく長い黒髪。白いワンピースからのぞく細い腕。そして、白い足は……途中から先がなかった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ」
ボクは思いっきり叫んだ。クロスケのウソつき!! 昼間は出ないって――。
回れ右をして一目散に駆け出そうとしたボクたちの耳に、女の人の声が聞こえた。
「待って!! 逃げないで!!」
「え……?」
その声が思ったよりも優しかったので、ボクはぴたりと足を止めて振り向いた。
「お願い……。行かないで」
その人は、悲しそうな顔をしていた。
ボクたちは何となく気になって恐る恐る女の人に近づいた。よく見てもやっぱり足はない。でも、あんまり怖くなくなっていた。
パックとクロスケもボクの隣に並んだ。女の人は少しほっとしたみたいだった。
「ごめんなさい、驚かせて」
女の人はかがんでボクたちに視線を合わせてくれた。
「嬉しいわ、誰かと話すなんて久しぶり。ずっと一人だったから」
「お姉さん、ここに住んでるの?」
「ええ。ここから離れられないの」
「お姉さんは……死んじゃった人?」
「そうよ。あなたたちが生まれる何十年も前にね」
ボクは首を傾げた。
「どうしてずっとここにいるの? 死んじゃった人は天国に行くんだって隣の家の太助じいちゃんが言ってたよ。お姉さんは天国にいかないの?」
「行きたいんだけどね、行けないの。大切な物をなくしてしまったから……」
お姉さんは悲しそうに笑った。ボクは、なんだかお姉さんがかわいそうになった。
ボクたちは顔を見合わせて頷きあった。
「じゃあ、ボクたちが見つけてあげるよ」
「え?」
「だって、なくし物を見つけたらお姉さん、天国にいけるんでしょ? だから、ボクたちが探してあげるよ」
ボクは前足でどん、と胸を叩いた。
「でも」
お姉さんは戸惑ってるみたいだった。パックはニヤリと笑った。
「あんた、天国に行きてーんだろ? だったらオレらに任せな」
「……いいの?」
ボクらは全員で勢いよく頷いた。
「待ってて!! すぐに見つけてあげるから」
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