Trip Travel 〜旅のお供はしゃべる犬〜
第一話 旅のお供はしゃべる犬? 3
そよぐ風、爽やかな緑、澄み渡った青空。
ああ気持ちいい。……なんて思ったりするもんか。
爽やかなこの景色が、憎らしい。
「……ここはどこなの」
あたしは誰、とか言い出したりはしないけど、言ってしまいたい気分だ。
草原に体育座りをして、鞄をギュッと抱きしめる。
とにかく何かにくっついていたかった。身近に鞄しかなかったので、仕方がない。
いつまでもこうしていても仕方ないのは分かっているけれど、体が動かない。
迷子になったときは、その場所から動かないほうがいい。
とか何とか考えてみるけれど、迷子になった覚えなんてない。だって、あたしはちゃんと家に帰って来て、玄関の扉を開けたんだから。
周りの景色は見渡す限りの草原で、目印になりそうな建物もない。ここがどこだかが全くわからない。
草原しかないのに、当てもなく歩いて家に帰れるのだろうか。と言うよりも草原以外の何処かに出られるのか。それすら分からない。
だから動けなかった。
そんなシリアスな場面だっていうのに。
ぐぅ。
あたしのおなかは正直すぎて呆れる。
あまりの緊張感のなさに、あたしはうなだれた。
誰にも聞かれていないはずなのに、恥ずかしさで顔が赤くなる。
あたしはため息をついて、傍らのコンビニの袋に手を伸ばした。
袋の中を覗くと、お弁当とコンソメスープとヨーグルト。いつもはもらわないお箸とスプーン。もらっておいてよかった。そしてサラダとペットボトルのオレンジジュース。
全部は食べないほうがいいよね。食料になりそうなものなんてないし。大事に食べたほうがいい。
日持ちしないのはヨーグルトとサラダかな。冷蔵庫がないから、すぐに悪くなっちゃうかも。
あたしは膝の上にサラダを出して、蓋をあけた。お箸を手に、黙々と野菜を食べた。
余程おなかがすいていたのか、すぐに完食してしまった。
次にヨーグルトの蓋をあけた。あたしの大好きなごろごろイチゴの入ったヨーグルト。テレビを見ながらお風呂上がりに食べようと思っていたのに。
スプーンですくって一口食べると、甘酸っぱさが口に広がる。こんな状況なのに、おいしいなぁ、もう。
ぽろっ。
気付くと、あたしは食べながら泣いていた。
食べ終えたあたしは、残った食べ物を鞄に移し、ビニール袋にごみを入れた。
そのまま、制服が汚れるのも構わずにごろりと草原に仰向けに倒れた。
空が青い。
こんな青空を見たのは、初めてだ。
これからのことを考えなくちゃいけないのに、何も考えたくない。頭が回らない。
とにかく、少し休みたかった。
混乱して疲れ切っていたあたしは、そのまますぐに意識を失ってしまった。
クンクン。
なんだろう。くすぐったい。
フンフン。
……なんか耳元でフンフン言ってる。ていうか、獣くさい。
ぎゅるる。
おなか鳴ってるし。さっき食べたばっかりじゃないの、これだから成長期ってやつは……。
……って!!
あたしはバチッと目を開けた。
目の前の青空が、見えない。青空どころか、真っ黒だ。
「……」
恐る恐る目だけを動かして横を見ると。
クンクン。フンフン。
大きな黒い犬が、あたしに馬乗りになって、あたしの横に置いてある鞄の匂いを嗅いでいる。
「……!!」
ぱかっと口が開いた。
獣だ。いや、犬だけど。さっきの獣くささは、こいつだ。
やばい、あたし、食べられるかも。
冷や汗がどっと出てきた。
呼吸が速くなる。
犬は、あたしが目を覚ましたことに気づいていない。
犬がごそりと体を動かし、あたしは慌てて目を閉じた。寝たふりだ。おなかがすいているのならば、あたしの鞄の中のお弁当を食べれば、ここからいなくなってくれるかも。
淡い期待を抱いて、あたしは時間が早く過ぎることを祈った。
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