Trip Travel 〜旅のお供はしゃべる犬〜

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  第一話 旅のお供はしゃべる犬? 6  

 国外か。あたしの家は日本じゃなかったのか。初耳だ。16年間住んでいたけど、パスポートも持ってなければ税関を通ったこともない。飛行機には乗ったことはあるけど。北海道の親戚の家に行ったときに。

「って、それは関係ないし」

 思わずツッコミが声に出てしまっていた。
 犬はきょとんとしている。

「な、何でもない」

 恥ずかしい。あたしの悪い癖だ。考えていることが口から出てしまう。昨日も友達に注意されたばっかりなのに。いつか友達なくすよって、よく考えたら酷い言い方だよね。なんであたしあの時へこまなかったんだろう。不思議だ。

「と、とにかく、ここはアメリカ? ヨーロッパ? 日本じゃないんだよね」

 確認すると、犬はますます不審そうな顔になった。

「なんだ、アメ……とかなんとか。聞いたことないが」

「えぇっ!!」

 アメリカもヨーロッパも知らないの!? 一体どんな田舎よ!!
 こんな田舎から日本まで、帰るまでに一体いくらかかるの!? 別の意味で帰れないかもしれないんだけど!!

 一転、あたしの顔は青ざめていた。急いで鞄を漁って、財布を取り出す。

 六千円。小銭が少し。今日は入ってるほうだ。あと洋服屋さんのポイントカードとよく行くコーヒーショップのポイントカード。だめだ、ポイントカードが一体何の役に立つ!?
 ああ、涙が出そう……。


 がっくりとうなだれたあたしの悲壮さを気の毒に思ったのか、犬はポン、と慰めるようにあたしの肩に前脚を置いた。

「おまえの家は分からないが……。迷子ということは行くところがないんだろう? なら、今日は俺の家に来るか? 今日はもうすぐ日が暮れるから、ゆっくり休むといい」

「……え?」

 意外な申し出に、あたしは目を瞬いた。犬は、眉を下げて、ぽふぽふとあたしの肩を軽く叩いている。

「明日になったらお前の住んでいるところをほかの奴らに聞いてやる。だから、そんなにがっかりするな」

「あ、ありがとう……」

 どうしよう、この物の怪、ちょっと良い奴だ。また泣けてきた。疑ってごめん。

「じゃあ俺の家に行くか。少し歩くが、平気か?」

 犬はお座り状態から立ちあがって、あたしに訊ねた。あたしはツンとする鼻をすすりながら頷き、鞄とビニール袋を持って立ち上がった。制服に付いた土や草を払って、犬の隣に並ぶ。

「こっちだ」

 あたしは、犬の後ろを歩きだした。

 これからどうなるかわからないけど、取りあえず今日はなんとかなりそうだ。


 言った通り、草原をしばらく歩くと、見えないと思っていた終わりが見えてきた。
 なるほど、しばらく歩くと坂になってるから、草原の向こうが見えなかったのか。

 青々とした緑の向こうには、小さな集落が見える。あれが、犬が言っていたヤグ族の村だろうか。

 ……ところで、ヤグ族って何だろう。この犬みたいにしゃべる犬がたくさんいるのだろうか。

 取って食べられたり……しないよね。良い奴そうだし……。取りあえず今の状況を変えるしかないんだし……。


「どうかしたか」

 呼びかけられて、あたしは我に返った。考えごとをしているうちに、足が止まっていた。犬が振りむいてあたしを見ている。
 あたしは、慌てて首を横に振った。

「なんでもない、ごめんなさい」

「日が暮れるとここは危険だ。少し急ぐぞ」

 犬に言われて気がついた。
 青いと思っていた空が、少しずつオレンジ色になっている。
 小さな集落にも、ぽつぽつと明りが灯っていた。

 シッポを目印のように振りながら歩く犬を小走りに追いながら、あたしは今はあれこれ考えるのをやめようと思った。

 少なくとも目の前のこの犬は良い奴だし、疑うならいつだってできる。

 とにかく今は、暖かい家の中で休みたい。これからのことを考えるのなら、まず体を休める。それが最優先だ。家に帰る方法は、それから考えたっていい。

 そう思うあたしは、いつになく前向きだった。
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