L'Etranger

一日目 波乱万丈の幕開け 2

 カッコイイ男の人に弱いのは、世の乙女の常である。
 もちろん、あたしもその例には洩れず。
 人間、顔よりも性格が大切よ! と悟るのは、もう少し後のことになるんだけど。


 * * *


 不覚にも、あたしは口をポカンと開けたまま間抜け面を晒すことしかできなかった。
 そこにいたのは、金髪碧眼の外人さん。それも、恐ろしく美形。金糸で創ったみたいな髪は軽くウェーブが入っていて、無造作に肩にかかるくらいの絶妙な長さに整えられている。冴え冴えとした冬の海を思わせる色合いの目は、白皙のキレイな面立ちと相まって更に顔の造形に深みを与えていた。当然、スタイルだって抜群にいい。年の割にちびっ子なあたしよりも、優に頭二つ分くらいは背が高いかもしれない。
 ……とどのつまり、目の保養には最適だけどあまり隣にはいて欲しくないタイプ。萎縮しちゃうのは当然の事として、こんな美人さんと並んだりしたら明らかに引き立て役にしかならないもの。
 だから用途は、観賞用でいいかなーなんて失礼なことを考えていたら、そんなあたしには目もくれずに超絶美形なお兄さんはタリィアに向かって苛立たしげに舌打ちした。

「探したぞ、タリィア! こんなところに隠れていないで、さっさと“あれ”をなんとかしろ! これ以上は耐えられん」

 あたしのことは、完全に無視である。走ってきたのかなにやら息を乱して焦っているようだから、部外者に構っている余裕などないのかもしれない。
 興味津々なあたしは、特に自己主張することもなく素知らぬ顔で堂々と聞き耳を立てた。

「隠れていたのではない。わらわは休憩をしておったのだ。働き過ぎは、身体に良くないからのぅ。ほれ、お主も混ざるが良い。わらわが美味しい紅茶を入れてしんぜよう」
「いらん!」

 間髪入れず吐き捨てたお兄さんの秀でた額には、青筋がはっきりと浮かんでいる。
 しかしその怒りの表情も、タリィアの前では全くの形なしだった。それはもう、気の毒になるくらいに。

「そうか、紅茶はいらぬか。ではクッキーはどうじゃ? 疲れておる時は、甘いものを食すと良いらしいぞ」
「だから、いらんと言っている! 同じ言葉を俺に何度言わせるつもりだ、しつこいぞ!」

 タリィアは、すげなく断られたクッキーを自分の口に放り込んだ。

「……その言葉をそのままそっくりあの者たちに言えば、お主がこうして逃げ回ったりわらわに知恵を借りに来る必要もないと思うが?」
「――ッ、簡単に言ってくれるな、タリィア。俺があの者たちを邪険に扱えないと知っての言葉なら、性質が悪すぎるぞ」
「ホホホ、そう睨むでない。今のは冗談じゃ。まったく、王族とはしがらみばかりが多くて嫌になるのぅ」

 ……。
 ん?
 ――えぇと。
 聞き間違いでなければ、今タリィアの口からとんでもない単語が飛び出したような気がする。
 首を傾げているあたしを蚊帳の外に、超絶美形なお兄さんはフンと鼻で笑った。その端正な顔には、隠し切れない自嘲が浮かんでいる。

「俺が本心のままに語れば、国が傾くだろうが。王族の一員として生まれたからには、一定の制約を受けることは覚悟の上だ。――が、今回の一件だけはどうにも我慢ならん。父上からの打診とは言え、俺にはまだその気はないのだ」
「お主も気苦労が絶えぬのぅ、王子」
「まったくだ」

 ……。
 聞き間違いではないけど聞き慣れない、そして周りには絶対に存在しない人物の呼称に、あたしはついに素っ頓狂な声を上げてしまった。

「えっ、王子?! って、なにそれ。この人ってば、王子さまだったの?! うわー、初めて見ちゃったよ、ナマ王子!!」

 自分の置かれた立場も忘れて、あたしは目を興奮気味にキラキラ輝かせた。いや、王子さまが後ずさりをしたところを見ると、あたしの目はキラキラを通り越してギラギラしていたのかもしれない。なんと言っても、あたしが初めてお目にかかる人種が目の前のいるのだから、舌なめずりするように上から下へと眺めまわしてしまっても、仕方のない話のだ。悲しい、庶民のさがであると言ってもいい。
 今さらながらようやくあたしに気づいたらしい王子さまは、険悪な眼差しであたしを見た後で、タリィアに向き直って訊ねた。それはもう、不愉快丸出しな顔で。

「どこから湧いて出たのだ――このちんちくりんは」
「……」

 白皙の美貌、夢見るように甘い顔立ち。しかも王子さま。世の乙女の理想を具現化したら、きっとこんな風に出来上がるだろう。
 しかしそれはあくまでも理想の産物でしかないということを、肝に銘じておかなければならない。
 じゃないと、理想と現実のギャップを見た時、脳みそが一時的に機能を停止してしまう羽目になるから。

 ――人はそれを、防衛本能と呼ぶ。
(あたしの機能が回復するまで、残り――10秒くらい)
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