L'Etranger
一日目 波乱万丈の幕開け 4
どこまでも呑気なタリィアと、平和ボケした日本人気質なあたし。
能天気な昼下がりのティータイムは、何事もなかったかのように再開される。
(――はずもなかった)
* * *
「……と、言うわけなんじゃ」
「いや、意味分かんないし」
メデューサの石化の呪いから解放されたあたしは、詳しい経緯を端折って話をまとめようとしやがったタリィアに、すかさずツッコミをいれる。
何が、“と、言うわけなんじゃ”だ。全然何も解決していないじゃないか。むしろタリィアの弟子発言のせいで、余計に話がややこしくなってしまった。結局、ウィラード王子は誤解したままだし。
あたしが追加の説明を求めようとタリィアをじぃっと凝視していたら、なぜだかいそいそと新しい紅茶を入れ直してくれた。……どうやらあたしの真剣な眼差しが、お代わりを欲しがっているように見えたらしい。
あたしは、一気に脱力してしまった。
「そうじゃなくてさー」
「違うのか。では、クッキーを所望か?」
あたしは、大きなため息を吐いた。ああ、幸せが逃げていく――。
「あのですね、たった一言の中に意味を集約させないで、ちゃんとした説明が欲しいわけですよ、あたしは」
タリィアは、納得とばかりに手をポンと叩いた。
「おお、そうであったか! なんじゃ、それならそうと早く言ってくれれば良いのに。ずいぶんと落ち付いている様子じゃったから、てっきり今回のような事態には慣れているのかと思っていたぞ」
「……」
しがない大学生でしかないあたしが、どうしたら瞬間移動なんて不思議現象に慣れられるものなのか、こっちが教えてもらいたいくらいである。
思いっきりジト目でタリィアを見つめていたら、ぽりぽりと頬をかきつつバツが悪そうな顔をした。
「――召喚魔法を使おうとしたのじゃ」
ぼそぼそと、言いにくそうにタリィアが呟く。
日常生活では聞き慣れない、でもファンタジー小説には良くありそうな単語に、あたしの口元が引きつった。
「――――どこからともなく、空耳が。ごめん、もう一度言ってもらえる?」
「じゃから、召喚魔法」
「――――――もう一度」
「召喚魔法じゃ。同じことを何度も言わせるでない。それともお主……耳に何ぞ悪い病でも抱えておるのか?」
自分の耳が信用できなくて二度も聞き返したら、あらぬ疑いをかけられた挙句に同情までされてしまった。
あたしは、本日何度目になるか分からないため息を吐いた。
「残念ながら、あたしの耳は正常に機能しているみたいだわ。召喚魔法って言葉も意味も、十分に理解できてるし。――理解したくもないけど」
「? うむ」
あたしは、死地に赴く兵士みたいな顔をしていたんだと思う。タリィアの顔には、戸惑いが浮かんでいたから。だけど、考えてもみてほしい。何度も言うけど、あたしは単なる一般人である。目立った特色のない、普通の人間なのだ。そんなあたしが魔法などと言う非現実を突きつけられたのだから、いくら楽観的な性格をしていても、人の世の無情さについて改めて考えてみたくもなる。
「魔法ね。うん、魔法。あの不思議能力かー」
半ば投げやりになって、あたしは乾いた声で笑った。
「つまりタリィアは、あたしを魔法のある異世界に、間違えて召喚しちゃったってことね?」
あたしが“異世界”と“間違えて”の部分に力を込めて言ったものだから、タリィアは「うっ」と怯んだ。
「身も蓋もない言い方じゃのぅ」
「でも、大まかな部分は当たっているでしょ?」
「うむ。ぶっちゃけた話、そういうことになるな」
何を開き直ったのか、タリィアは偉そうに頷いた。だがすぐに、あたしの表情を見て慌てたように言い直す。
「し、しかしお主を元の世界に還すことなど、わらわにとっては造作もないことじゃ。安心するが良い」
「あ、還れるんだ」
なーんだと、拍子抜けするあたし。てっきり、還れないとか還れるにしても何かとんでもない条件をつけられるんじゃないかと、身構えてしまった。造作もなくあたしを元の世界に還すことができるのなら、ティータイムなんて呑気なことをしていないで、さっさと元の世界の元の場所に還してほしい。そうしたら、今回の件は悪い夢を見たと思ってキレイさっぱり跡形もなく忘れよう。
あたしは、期待に満ちた目でタリィアを見つめた。
「じゃあ、早く還して。今すぐ還りたい」
「それは無理じゃ」
「……は?」
しれっとした顔で、タリィアは言いきった。なんだか、とてつもなく嫌な予感がする。
「どうして。だってタリィア、あたしを元の世界に戻すのは簡単だって言ったよね?」
「それは違うぞ、ユア。わらわは、お主を元の世界に還すのは“造作もない”と言ったのだ」
「――同じでしょ」
「ニュアンスの問題じゃ」
「……またずいぶんと、微妙な含みを持たせてきたね。それで? タリィアは、何が言いたいわけ」
「うむ。お主を元の世界に戻すことは造作ないが、簡単かと言われれば必ずしもそうとは言い切れんのだ」
まどろっこしい。結論を先に言わんか、結論を。
「単刀直入にお願いします」
あたしが言ったら、タリィアは無邪気なくりくり眼でとんでもない爆弾を投下してくれた。
「つまり、お主が元の世界に戻れるのは、きっかり一年後と言うことになるかのぅ」
――。
あたしの絶叫が部屋中に響き渡ったのは、言うまでもないことである。
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